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東京地方裁判所 平成3年(ワ)15095号 判決 1993年12月21日

甲事件原告(反訴被告)兼乙事件被告補助参加人

甲野太郎訴訟承継人

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

井上壽男

甲事件被告(反訴原告)兼乙事件原告

東洋海事工業株式会社

右代表者代表取締役

橋元照機

右訴訟代理人弁護士

川端楠人

甲事件被告兼乙事件被告

小川由男

主文

一  甲事件関係

1(一)  被告東洋海事工業株式会社は原告に対し、別紙物件目録一、二記載の各土地につき、千葉地方法務局成田出張所昭和五八年二月二三日受付第二九〇四号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

被告東洋海事工業株式会社は原告に対し、被告小川由男のため、別紙物件目録三記載の土地につき、千葉地方法務局成田出張所昭和五八年二月二三日受付第二九〇四号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

(二)  原告の被告東洋海事工業株式会社に対するその余の請求を棄却する。

2  被告小川由男は原告に対し、別紙物件目録三記載の土地につき、千葉地方法務局成田出張所昭和五八年二月二三日受付第二九〇五号条件付所有権移転仮登記及び同日受付第二九〇四号抵当権設定登記を抹消したうえ、成田市農業委員会に対し農地法第三条第一項による所有権移転の許可申請手続をし、右許可があったときは、平成二年一一月三〇日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3(一)  反訴原告の主位的請求を棄却する。

(二)  反訴被告は反訴原告に対し、別紙物件目録一、二記載の各土地につき、千葉県知事に対し農地法第五条による所有権移転の許可申請手続をし、右許可を受けたときは、千葉地方法務局成田出張所昭和五八年二月二三日受付第二九〇六号条件付所有権移転仮登記に基づき、売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

4  訴訟費用は、原告と被告小川由男との間では全部同被告の負担とし、原告(反訴被告)と被告(反訴原告)東洋海事工業株式会社との間では、本訴・反訴を通じてこれを一〇分し、その一を被告(反訴原告)東洋海事工業株式会社の負担とし、その余を原告(反訴被告)の負担とする。

二  乙事件関係

1  原告と被告との間において、甲野花子が、被告に対し、別紙物件目録三記載の土地につき、甲野太郎・被告間の昭和五七年一〇月一八日付売買契約に基づく農地法第三条による所有権移転許可申請協力請求権を有することを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  請求

一  甲事件

〔本訴〕

1 被告東洋海事工業株式会社は原告に対し、別紙物件目録一、二記載の各土地につき、千葉地方法務局成田出張所昭和五八年二月二三日受付第二九〇六号条件付所有権移転仮登記及び同出張所同日受付第二九〇四号抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

2 被告東洋海事工業株式会社は原告に対し、被告小川由男のため、別紙物件目録三記載の土地につき、千葉地方法務局成田出張所昭和五八年二月二三日受付第二九〇五号条件付所有権移転仮登記及び同出張所同日受付第二九〇四号抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

3 主文第一項2と同旨。

〔反訴〕

1 主位的請求

反訴被告は反訴原告に対し、別紙物件目録一、二記載の各土地につき、千葉地方法務局成田出張所昭和五八年二月二三日受付第二九〇六号条件付所有権移転仮登記に基づき、売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2 予備的請求

主文第一項3(二)と同旨。

二  乙事件

主文第二項1と同旨。

第二  当事者の主張

〔甲事件本訴〕

一  請求の原因

1 別紙物件目録一、二記載の各土地(以下「甲土地」及び「乙土地」という。なお、後記「丙土地」を合わせて「本件各土地」ということがある。)はもと訴訟承継前の原告(反訴被告)甲野太郎(以下「甲野太郎」という。)の所有であったところ、同人は平成四年一二月一二日死亡し、その相続人である甲野花子(以下、甲事件の本訴・反訴を通じ、単に「原告」という。)がその地位を承継した。

2 別紙物件目録三記載の土地(以下「丙土地」という。)は、被告小川の所有である。

3(一) 甲、乙土地については、昭和商船株式会社(以下「昭和商船」という。)を権利者とする千葉地方法務局成田出張所昭和五八年二月二三日受付第二九〇六号条件付所有権移転仮登記(以下「二九〇六号仮登記」という。なお、後記「二九〇五号仮登記」と合わせて「本件仮登記」ということがある。)及び同出張所同日受付第二九〇四号抵当権設定登記(以下「本件抵当権登記」という。)が経由され、その後昭和六〇年四月三〇日付をもって、被告(反訴原告)東洋海事工業株式会社(以下、甲、乙両事件を通じ、「東洋海事工業」という。)を権利者とする右条件付所有権移転の付記登記及び抵当権移転の付記登記が経由されている。

(二) 丙土地については、昭和商船を権利者とする千葉地方法務局成田出張所昭和五八年二月二三日受付第二九〇五号条件付所有権移転仮登記(以下「二九〇五号仮登記」という。)及び同出張所同日受付第二九〇四号抵当権設定登記(本件抵当権登記)が経由され、その後昭和六〇年四月三〇日付をもって、東洋海事工業を権利者とする右条件付所有権移転の付記登記及び抵当権移転の付記登記が経由されている。

4 被告小川は、平成二年一一月三〇日、甲野太郎との間で丙土地の売買契約を締結した。

被告小川は、右売買契約において、甲野太郎に対し、丙土地についてされた二九〇五号仮登記及び本件抵当権登記の抹消登記をすることを約するとともに、農地法第三条第一項による所有権移転許可申請手続義務及び右許可を条件とする所有権移転登記手続義務を負担するに至った。

5 よって、原告は、被告小川に対し、右売買契約に基づき前項の各義務の履行を求め、東洋海事工業に対し、甲、乙土地については、その所有権にもとづき、二九〇六号仮登記及び本件抵当権登記の抹消登記手続を、丙土地については、被告小川に対する前項の売買契約に基づく許可申請手続及び所有権移転登記手続請求権を保全するため、同被告に代位して、二九〇五号仮登記及び本件抵当権登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する東洋海事工業の認否

1 請求原因1ないし3の事実は認める。

2 同4の事実は不知。

三  東洋海事工業の抗弁

1 甲野太郎は、昭和五七年一〇月一八日、被告小川との間で、丙土地を農地法第三条の許可を条件として同被告から買い受ける契約(以下「本件第一売買」という。)を締結した。

2 甲野太郎は、昭和五八年二月二二日、昭和商船との間で、本件各土地を、農地法第五条の許可を条件として、昭和商船に代金五〇〇〇万円で売り渡す旨の売買契約(以下「本件第二売買」という。)を締結し、同日代金全額の支払いを受けた。

3 甲野太郎は、本件第二売買に基づき、本件各土地につき昭和商船を権利者とする本件仮登記を経由した。なお、丙土地については、甲野太郎、東洋海事工業及び被告小川の合意により、被告小川から直接昭和商船への中間省略による仮登記がなされた。

4 東洋海事工業は、昭和六〇年四月二六日、昭和商船との間で、本件第二売買の買主の地位を昭和商船から譲り受ける旨の契約(以下「本件第三売買」という。)を締結し、同日代金全額の支払いを了し、同月三〇日付で本件仮登記につき条件付所有権移転の付記登記を経由した。

なお、甲野太郎は、本件第二売買の際、右買主の地位の譲渡を予め承諾している。

5 したがって、本件仮登記及び右付記登記は、実体関係に即したものであって、有効な登記である。

6 ちなみに、本件抵当権登記は、本件各土地に対する第三者の介入を防止する目的でなされたものであり、実体上の権利を伴うものではない。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は、農地法第三条の許可を条件とする点を除き、認める。本件第一売買は農地法第五条の許可を条件とする契約であった。

2 同2ないし4及び6の事実は認める。

五  再抗弁

1 昭和商船は株式会社であるから、昭和商船がした本件第二売買は、商法第五〇三条により、商行為と推定される。

2 本件第二売買は、甲、乙土地については甲野太郎所有の農地の売買であるが、丙土地については、土地の売買ではなく、本件第一売買における甲野太郎の買主としての権利ないし地位を譲渡したものである。そして、この買主としての権利ないし地位に基づき被告小川に対して農地法第五条による許可申請手続を請求する権利があることを対抗できるようにするため、被告小川から直接昭和商船に対して本件仮登記がなされたのであるから、昭和商船は、本件仮登記の日である昭和五八年二月二三日以降、被告小川に対して直接買主の関係に立つことになり、東洋海事工業はその地位を承継したのであるから、被告小川に対する丙土地についての農地法第五条による許可申請協力請求権は、本件仮登記の日から起算して五年の経過により、時効によって消滅した。

また、昭和商船の甲野太郎に対する甲、乙土地についての農地法第五条による許可申請協力請求権は、本件第二売買の日である昭和五八年二月二二日から起算して五年の経過により、時効によって消滅した。

3 甲野太郎は、平成二年一一月三〇日被告小川から丙土地を買い受けた者として、丙土地についての時効援用権を有する。

4 甲野太郎は、平成三年七月三一日の本件口頭弁論期日において、昭和商船から本件各土地の買主としての地位を承継した東洋海事工業に対し、右時効を援用する旨の意思表示をした。

六  再抗弁に対する東洋海事工業の認否

1 再抗弁1の事実は認める。同2、3は争う。

2 本件第二売買は、丙土地についても、農地の売買であって、原告主張のような買主としての権利ないし地位の譲渡ではない。しかして、丙土地の売買は他人の物の売買であるから、甲野太郎において、農地法第三条の許可を得て、被告小川から所有権を取得していない以上、昭和商船の甲野太郎に対する農地法第五条による許可申請協力請求権につき時効期間が進行する理由がない。

3 甲、乙土地は、耕作を行わなくなってから既に十数年以上を経過しており、到底耕作の目的に供されているとはいえず、遅くとも前記時効援用の前に非農地化したので、本件第二売買及び第三売買は農地法第五条の許可を要することなく当然にその効力を生じ、東洋海事工業は、遅くとも本訴提起までに、その所有権を確定的に取得した。

仮にそうでないとしても、甲、乙土地の売買における所有権移転に付された条件は、当事者間の商行為によって設定されたものではなく、農地法の規定による法定条件であるし、農地法所定の許可申請についての権利義務関係については商事取引のような迅速解決の要請が働かないから、商事時効によるべきではなく、民法第一六七条第一項により、一〇年の時効に服すると解するのが相当である。

七  東洋海事工業の再々抗弁

1 時効利益の放棄

(一) 甲野太郎は、いわゆる相模工業大学事件にからむ業務上横領及び背任の罪により懲役六年の実刑判決を受け、服役していたが、平成二年八月頃、東洋海事工業代表者に対し、刑務所から出所してきたことを告げ、本件各土地の売買に関する手続が遅れたことについてのお詫びを電話で述べた。東洋海事工業代表者が早く農地転用手続をするよう催促したところ、その後甲野太郎の代理人から本件各土地を買い戻したい旨が表明された。

(二) 右買戻しの意思表示は、本件各土地に対する東洋海事工業の権利の存在を知っていることの表明にほかならず、かつ、時効完成後になされたのであるから、甲野太郎はこれによって時効の利益を放棄したというべきである。

2 権利の濫用

(一) 甲野太郎は、昭和五八年二月二二日に本件各土地を農地法第五条の許可を条件として昭和商船に売り渡し、代金五〇〇〇万円全額を受領しておきながら、その後問もない同年六月に前記刑事事件により実刑判決を受け(右判決は、昭和六一年九月一一日最高裁において上告棄却の判決がなされたことにより、確定した。)、その間、東洋海事工業の再三にわたる催告にもかかわらず、多忙等を口実にして転用許可申請手続に着手しようとしなかった。そして、前述のように服役するに至ったが、東洋海事工業は、甲野太郎の服役場所及び出所の時期を全く知らされず、その留守宅に電話して、出所したら連絡するよう依頼するほかはなかったのであって、決して権利の上に眠っていたものではない。

(二) 甲野太郎は、本件各土地の売主として、東洋海事工業に対する所有権移転のための許可申請義務を誠実に履行すべきであったのに、前述のように突如買戻しの要求をし、これが受け入れられないとみるや、本件訴訟を提起するに至ったのであって、自ら刑務所に収監されていて農地法による許可申請手続をすることができなかったのに、服役中であった昭和六三年二月に消滅時効が完成したとして、右時効を援用することは、信義に反し、権利の濫用であって、許されない。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁1、2は争う。

〔甲事件反訴・乙事件〕

一  請求の原因

1 甲事件本訴における原告の請求原因1ないし3(本件各土地の所有者、本件仮登記の存在)に同じ。

2 甲事件本訴における東洋海事工業の抗弁1ないし4(本件第一ないし第三売買及び本件仮登記等の経由)に同じ。

3 甲、乙土地は、耕作を行わなくなってから既に十数年以上を経過しており、到底耕作の目的に供されているとはいえず、遅くとも平成三年七月以前に非農地化したので、本件第二売買及び第三売買は農地法第五条の許可を要することなく当然にその効力を生じ、東洋海事工業は、遅くとも本訴提起までに、その所有権を確定的に取得した。

4 甲野太郎の相続人である原告は、被告小川に対し、丙土地につき、甲野太郎・被告小川間の本件第一売買に基づき、農地法第三条による所有権移転許可申請協力請求権を有するところ、被告小川は右請求権の存在を争っている。

5 よって、東洋海事工業は、甲事件の反訴請求として、甲野太郎の相続人である原告に対し、本件第二売買及び第三売買に基づき、

(一) 甲、乙土地につき、二九〇六号仮登記に基づく所有権移転の本登記手続を求め(主位的請求)、

(二) 仮に右3の事実が認められないときは、甲、乙土地につき、千葉県知事に対する農地法第五条による所有権移転の許可申請手続と、右許可を条件として、右仮登記に基づく所有権移転の本登記手続を求める(予備的請求)。

6 また、被告小川が原告の有する丙土地についての前記所有権移転許可申請協力請求権の存在を争っていることにより、丙土地に関する東洋海事工業の法的地位(東洋海事工業は甲野太郎の相続人である原告に対し農地法第五条による所有権移転許可申請協力請求権を有する。)が不安定になっているため、東洋海事工業は、右法的地位の不安定を除去するため、被告小川との間において、原告が被告小川に対し農地法第三条による所有権移転許可申請協力請求権を有することの確認を求める(乙事件)。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実(本件各土地の所有者、本件仮登記の存在)は認める。

2 同2の事実(本件第一ないし第三売買及び本件仮登記等の経由)のうち、本件第一売買が農地法第三条の許可を条件とするものであることは否認し、その余の事実は認める。本件第一売買は、農地法第五条の許可を条件とする契約であった。

3 同3、4の事実は否認する。

三  抗弁

甲事件本訴における再抗弁に同じ。

四  抗弁に対する認否

甲事件本訴における再抗弁に対する認否に同じ。

五  再抗弁

甲事件本訴における再々抗弁に同じ。

六  再抗弁に対する認否

甲事件本訴における再々抗弁に対する認否に同じ。

第三  証拠<省略>

理由

第一甲事件関係

〔被告小川に対する請求について〕

一被告小川は、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しないので、原告の請求原因事実を争わないものと認め、これを自白したものとみなす。

二右事実によれば、原告の被告小川に対する請求は理由があるので、これを認容すべきである。

〔東洋海事工業に対する本訴請求について〕

一1  請求原因1ないし3の事実(本件各土地の所有者、本件仮登記の存在)は、当事者間に争いがない。

2  <書証番号略>及び被告小川本人尋問の結果によれば、被告小川は、平成二年一一月三〇日、甲野太郎との間で、丙土地につき、農地法第三条の許可を条件とする売買契約を締結したことが認められる。

二1  抗弁1の事実(本件第一売買)は、本件第一売買が農地法第三条の許可を条件とする契約であった点を除き、当事者間に争いがなく、被告小川本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件第一売買は農地法第三条の許可を条件とする契約であったことが認められる。

2  同2ないし4の事実(本件第二、第三売買及び本件各登記)は、当事者間に争いがない。

三そこで再抗弁(農地法による許可申請協力請求権の消滅時効)について判断する。

1 丙土地について

(一) 原告は、本件第二売買は、甲、乙土地については甲野太郎所有の農地の売買であるが、丙土地については、土地の売買ではなく、本件第一売買における甲野太郎の買主としての権利ないし地位を譲渡したものであると主張する。

しかし、<書証番号略>、証人安藤敏彦の証言、東洋海事工業代表者及び被告小川本人の尋問結果、成田市農業委員会に対する調査嘱託の結果並びに弁論の全趣旨によれば、甲野太郎は、昭和五〇年頃から成田市の市議会議員をしており、同市議会の各種委員会委員に就任するかたわら、同市農業委員会及び都市計画審議会の各委員などをしていたこと、甲野太郎は、甲、乙土地の所在する同市福田地区に私立大学を誘致することを計画し、自ら中心となって市街化調整区域に属する同地区の農地を買い上げ、これを造成して、市街化区域編入を目指す工作を推進しようとしていたこと、甲野太郎が丙土地を被告小川から買い上げたのは、右福田地区の農家から農地を買い上げるについて、その代替地として提供する目的であったこと、丙土地は、農業振興地域の整備に関する法律の農用地区域内にある農地であって、容易に開発許可や転用許可が得られる見込みのない土地であり、丙土地が市街化調整区域の指定を受けている現状のままで昭和商船や東洋海事工業が甲野太郎の有する買主としての地位を譲り受けたとしても、農地転用許可が取得できる見込みはなかったこと、そして、前記のような公的地位にあった甲野太郎は、そのことを十分知っていたものと推認されること、以上のように認められる。

右のような事実や、本件第一売買は農地法第三条の許可を条件とし、本件第二売買は農地法第五条の許可を条件とする契約であることに照らすと、丙土地に関する本件第二売買は、本件第一売買における甲野太郎の買主としての地位を譲渡したものではなく、甲、乙土地についてと同様、農地の売買であるとみるのが相当である。

そうとすれば、本件第二売買における丙土地の売買は他人の物の売買であるから、昭和商船の甲野太郎に対する農地法第五条による許可申請協力請求権の消滅時効は、甲野太郎が丙土地について農地法第三条の許可を得て被告小川からその所有権を取得した時から進行するものと解すべきところ(最二小判昭和五五年二月二九日民集三四巻二号一九七頁参照)、右所有権取得の事実の主張立証がないから、右消滅時効の完成をいう原告の主張は理由がない。

また、本件第二売買及び第三売買により、昭和商船ないし東洋海事工業が被告小川に対し直接買主の関係に立つことはないから、これに反する事実を前提として、昭和商船及びその地位を承継した東洋海事工業の被告小川に対する許可申請協力請求権の消滅時効をいう原告の主張も理由がない。

(二) また、原告は、(1) 昭和五八年二月当時、甲野太郎は利益を得て転売する目的で土地を買い上げ、これを転売することを業とする商人であった。(2) 仮にそうでないとしても、甲野太郎は、丙土地を被告小川から買い上げるにつき、これを営利のために転売する目的を有していた旨主張するが、本件全証拠をもってしても右(1)の事実を認めるに足りないし、甲野太郎が丙土地を買い上げた前記のような目的からすると、本件第一売買が、甲野太郎にとって、利益を得て譲渡する意思をもってする投機購買に当たるものとは認められない。

したがって、本件第一売買が甲野太郎の商行為に当たることを前提とする原告の消滅時効の主張は、理由がなく、採用することができない。

2 甲、乙土地について

(一) 昭和商船が株式会社であり、したがって、昭和商船のした本件第二売買が、商法第五〇三条により、商行為と推定されることについては、当事者間に争いがない。

(二) 東洋海事工業は、甲、乙土地が遅くとも甲野太郎による時効援用の前に非農地化したことにより、本件第二売買及び第三売買は農地法第五条の許可を要することなく当然に効力を生じ、東洋海事工業はその所有権を確定的に取得したと主張する。

しかし、<書証番号略>によれば、甲、乙土地とも、田又は畑としての耕作を行わなくなってから十数年を経過しており、一面に雑草が生い茂り、乙土地については多少のかん木類の自生があるものの、休耕地に当たるものと判定されていることが、また、成田市農業委員会に対する調査嘱託の結果によれば、甲、乙土地とも農地としての認定がされていることが、それぞれ認められるほか、証人安藤敏彦の証言によれば、甲、乙土地とも、雑草を刈り取り、土壤を耕うん機ですき起こすことにより、容易に田又は畑として復元することができるものと認められるから、右両土地が非農地化するに至っていると認めることはできない。

したがって、東洋海事工業の右主張は理由がない。

(三) また、東洋海事工業は、甲、乙土地の売買における所有権移転に付された条件は、当事者間の商行為によって設定されたものではなく、農地法の規定による法定条件であることなどを理由に、農地法による許可申請協力請求権については商事時効によるべきではないと主張する。

しかしながら、農地の売買における所有権移転が農地法による許可を条件とすることが、契約当事者の意思の如何によって左右されることのない、いわゆる法定条件であることは、たしかにそのとおりであるが、売買契約の付款であることには変わりがないのであるから、売買契約が契約当事者双方又はその一方にとって商行為に当たるため、これによって生じた債権が商法第五二二条の商事時効に服するときには、農地法による許可申請協力請求権についても商事時効の適用があると解するのが相当であり、ひとり右請求権のみが商事時効に服さないものと解すべき合理的理由はないというべきである。

したがって、東洋海事工業の右主張は理由がない。

(四) そうすると、本件第二売買に基づく昭和商船の甲野太郎に対する農地法第五条による許可申請協力請求権については、本件第二売買の日である昭和五八年二月二二日から起算して五年の経過により、消滅時効が完成したものというほかはなく、甲野太郎が本件訴訟において右時効を援用したことは、当裁判所に顕著である。

四そこで、東洋海事工業の再々抗弁(時効利益の放棄、権利の濫用)について判断する。

1 <書証番号略>、証人安藤敏彦の証言、東洋海事工業代表者及び被告小川本人の尋問結果並びに弁論の全趣旨によれば、甲野太郎は、昭和五八年二月二二日に本件各土地を農地法第五条の許可を条件として昭和商船に売り渡し、代金五〇〇〇万円全額を受領しておきながら、その後間もない同年六月二四日、いわゆる相模工業大学事件にからむ業務上横領及び背任の罪により東京地方裁判所において懲役六年の実刑判決を受け、昭和六一年九月一一日最高裁判所において上告棄却の判決がなされたことにより、右実刑判決が確定したため、服役するに至ったが、その間、東洋海事工業の再三にわたる催促にもかかわらず、多忙等を口実にして転用許可申請手続に着手しようとしなかったこと、東洋海事工業代表者は、甲野太郎の服役中、その留守宅等に電話して、転用許可を得て所有権移転登記を実行するよう催促するとともに、出所したら連絡するよう依頼していたが、甲野太郎及びその関係者から何の連絡もないまま推移したこと、甲野太郎は、平成二年八月頃、東洋海事工業代表者に対し、刑務所から出所してきたことを告げ、本件各土地の売買に関する手続が遅れたことについてのお詫びを電話で述べたので、東洋海事工業代表者が、早く農地転用手続をするよう催促したところ、なるべく早く手続をする旨答えたこと、ところが、その後甲野太郎の代理人である井上壽男弁護士(本件訴訟代理人)らから本件各土地を買い戻したい旨の申入れが東洋海事工業に対してなされ、東洋海事工業がこれを拒否したところ、同年一〇月、東洋海事工業が甲野太郎から株式会社東洋サプライを介して買い受けた渡邊進一名義の別の農地について、渡邊進一を原告とし(原告訴訟代理人は井上弁護士である。)、右農地についてされた土地所有権移転仮登記等の抹消登記手続を求める別件訴訟(当庁平成二年(ワ)第一二九一五号事件)が提起されたこと、そして、甲野太郎は、同年一一月三〇日、被告小川との間で、丙土地を本件第一売買と同額の代金四〇〇万円で改めて買い受ける旨の売買契約を締結し(<書証番号略>)、平成三年三月一日本件訴訟を提起するに至ったこと、以上の事実が認められる。

2  右の事実によれば、甲野太郎は、前記出所後に、東洋海事工業代表者に対し、本件各土地の売買に関する手続が遅れたことについて詫びるとともに、早く農地転用手続をするようにとの東洋海事工業代表者の催促に対して、なるべく早く手続をする旨答えていたが、その後代理人を通じて本件各土地の買戻しを申し入れるに至ったのであって、右買戻しの意思表示は、本件各土地に対する東洋海事工業の権利の存在を知っていることの表明にほかならず、かつ、時効完成後になされたのであるから、甲野太郎は、時効の完成を知りながら、時効の利益を放棄したものと認めるのが相当である。

3  のみならず、甲野太郎は、本件各土地の売主として、東洋海事工業に対する所有権移転のための許可申請義務を誠実に履行すべきであったのに、自らの服役中は農地法による許可申請手続を行わないでおき、出所後においても、東洋海事工業代表者に対してなるべく早く農地転用手続をする旨言明しておきながら、その後態度を急変させて買戻しを申し入れ、これが受け入れられないとみるや、本件訴訟を提起するに至ったのであって、その間東洋海事工業は、前記のように甲野太郎の留守宅等に連絡するなどして、早急に転用許可手続を実行するよう再三催促しており、決して権利の上に眠っていたわけではないことをも考慮に入れると、原告が、甲野太郎の服役中であった昭和六三年二月に消滅時効が完成したとして右時効を援用することは、著しく信義に反するものというほかはなく、右時効の援用は、権利の濫用であって、許されないものというべきである。

4 そうすると、いずれにしても、本件第二売買に基づく昭和商船の甲野太郎に対する農地法第五条による許可申請協力請求権は、未だ消滅していないものというべきであり、東洋海事工業の再々抗弁は理由がある。

五結論

1 以上によれば、被告小川は、本件第一売買に基づき、甲野太郎に対し、丙土地につき農地法第三条による所有権移転の許可を得て、その所有権を移転すべき義務を負い、甲野太郎及びその地位を相続した原告は、本件第二売買及び第三売買に基づき、本件各土地につき、昭和商船の買主としての地位を承継した東洋海事工業に対し、農地法第五条による所有権移転の許可を得て、その所有権を移転すべき義務を負っていることが明らかであるから、本件仮登記(及び条件付所有権移転の付記登記)は、右実体関係に符合するものとして、有効なものというべきである。

したがって、原告の本訴請求のうち、甲、乙土地についてはその所有権に基づき、丙土地についてはその所有者である被告小川に代位して、本件仮登記の抹消登記手続を求める請求は、いずれも理由がないものであり、棄却を免れないというべきである。

2 しかし、本件各土地についてされた本件抵当権登記が実体上の権利関係を伴わないものであることは、東洋海事工業において自認するところであるから、原告の本訴請求のうち、甲、乙土地についてはその所有権に基づき、丙土地についてはその所有者である被告小川に代位して、本件抵当権登記の抹消登記手続を求める請求は、いずれも理由があり、認容されるべきである。

〔東洋海事工業の反訴請求について〕

一甲野太郎及びその地位を相続した原告は、本件第二売買及び第三売買に基づき、甲、乙土地について、昭和商船の買主としての地位を承継した東洋海事工業に対し、農地法第五条による所有権移転の許可を得て、その所有権を移転すべき義務を負っていること、甲、乙土地が非農地化しているとは認められないこと、本件第二売買に基づく昭和商船の甲野太郎に対する農地法第五条による許可申請協力請求権についての原告の消滅時効の主張は理由がなく、右請求権が未だ消滅していないことは、既に認定、説示したとおりである。

二そうすると、東洋海事工業の反訴請求のうち、甲、乙土地が非農地化したことを前提に、原告に対し、二九〇六号仮登記に基づく所有権移転の本登記手続を求める主位的請求は、理由がないから、棄却を免れないが、原告に対し、千葉県知事に対する農地法第五条による所有権移転の許可申請手続と、右許可を条件として、右仮登記に基づく所有権移転の本登記手続を求める予備的請求は理由があり、認容されるべきである。

第二乙事件関係

一甲野太郎の相続人である甲事件原告(以下「甲野花子」という。)が、被告小川に対し、本件第一売買に基づき、丙土地について、農地法第三条による所有権移転許可申請協力請求権を有していること、右請求権については、商法第五二二条の商事時効の適用がないこと、甲野太郎の相続人である甲野花子は、東洋海事工業に対し、本件第二売買及び第三売買に基づき、被告小川から丙土地の所有権を取得したうえ、農地法第五条による所有権移転の許可を得て、その所有権を移転すべき義務があることは、既に甲事件の関係で認定、説示したとおりであるところ、被告小川が甲野花子の有する前記許可申請協力請求権の存在を争っていることは、当裁判所に顕著である。

二そうすると、丙土地に関する自己の法的地位の不安定を除去するため、被告小川との関係において、甲野花子が被告小川に対し農地法第三条による所有権移転許可申請協力請求権を有することの確認を求める東洋海事工業の請求は理由がある。

(裁判官魚住庸夫)

別紙物件目録<省略>

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